末っ子の奨学金を増額することにしました。
正直、かなり悩みました。
できることなら、奨学金なんて借りずに大学に行かせてあげたかったなぁ…
でも、もう私一人の力ではもう、
やりくりも、気持ちの余裕も、正直どちらも限界でした…。
奨学金は借金です。
子どもに借金を背負わせている、そう思うと苦しくなります。
それでも私は、
大学に行きたい、学びたいという気持ちを、親の事情で諦めさせたくなかった。
学歴がなくても生きていける。
手に職を持つ道も、立派な選択だと思っています。
でもそれは、「学ばなくていい」という話とは違う。
学びたいことがあるなら、学ばせてあげたい。
借金は残るかもしれないけれど、
それ以上に、プラスアルファの何かを持って社会に出てほしい。
大学で何を学ぶか。
どのレベルの大学に行くか。
その先、どんな人生を歩くか。
それを決めるのは、親ではなく本人です。
でも、選択肢を残すことは、親にもできる。
大学を諦めるというのは、
今が少し楽になる代わりに、
未来の可能性を減らしてしまうことでもあると思っています。
だから私は、
未来の選択肢を、1つでも多く残したかった。
学びは、お金では買えない経験だと思っています。
…とはいえ、現実にはお金を払って行くものなので、
「買えるもの」と言えば、そうなのかもしれません。
でも、その「学ぶ機会」を、
最初から潰してしまうことだけは、したくなかった。
日本という国も、国債という借金を抱えながら、
今の暮らしやすさを維持しています。
借金がある=不幸、ではない。
借りながらでも、今を守る、未来につなぐという選択もある。
貧困になるより、
学びを閉ざすより、
「返していく前提で借りる」ほうがいい。
私はそう考えました。
実はこれ、
私自身の後悔も大きく影響しています。
私は大学に行かせてもらいました。
親に全部出してもらって、何の感謝もなく、
不自由なく通わせてもらいました。
でも、勉強よりも遊びを選びました。
バイトして、飲みに行って、カラオケに行って、
楽な方、楽な方へ流れていました。
心理学を学びたくて入った大学だったのに、
真剣に向き合わず、
ギリギリで卒論を書いて、なんとか卒業しただけ。
今振り返ると、
あの時間の使い方が、人生で一番の後悔です。
だからこそ、子どもたちには思います。
学ぶチャンスがあるなら、
それをどう使うかは、本人次第でもいい。
遊ぶことも、寄り道も、無駄じゃない。
でも、せっかく与えられた学びの機会を、
自分でどう生かすかを考えられる大人になってほしい。
奨学金を借りることを理解した上で、
それでも大学に行きたいと選んだのは、子ども自身です。
私はすごい親なんかじゃありません。
ただ、選択肢を閉ざさなかっただけ。
もし、同じように悩んでいる方がいたら、伝えたい。
シングルだから無理。
子どもが多いから学ばせてあげられない。
そんなことはありません。
借りることは、愛情が足りない証拠じゃない。
未来を諦めないための、一つの手段です。
正解かどうかは分かりません。
でも私は、この選択でよかったと思っています。
返していく未来も含めて、
これが、私たち家族の選んだ道です。



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